熱を出した。
いつもの身体なら、こんなに辛いことはないのだろうけど、今の俺は小学生。
たっぷり熱を溜め込んだ身体は、鉛のように重かった。
じとりと濡れたパジャマが気持ち悪いが、着替える元気もない。
あつい、熱い、アツイ…
氷嚢も、とっくに溶けていたけど、それをかえてくれる人は…いない。
バカ石。
バカ楠石。
肝心なときに仕事行ってんじゃねーよ。
…って、オレが追い出したんだっけ。
オレは大丈夫だから仕事に行きやがれ、って。
「…オレってバカだ」
自然、ため息が出る。楠石のバカをこき使うチャンスを失った。おかゆも、桃の缶詰も食べそこねた。
今日、あいつは帰ってくるかな?
いい子で待ってろよ、なーんて、ガキ扱いしやがって。…実際そうなんだけど。
「帰ってこなかったら、…覚えてろよ」
目を閉じる。
ぜんっぜん、大丈夫じゃねーよ。
お前の前では絶対に言ってやらねーけど。
それから、大した時間は経っていなかったような気がする。
突然、ひやりと冷たいものが、デコに触れた。
慌てて目を開けると、楠石がいる。いつのまに帰ってきたのか、目を細めてオレを見ていた。
冷たいと思ったのは、氷嚢ではなく、楠石の手だった。
機械仕掛の、血の通わない5本指が、そっとオレに触れている。
「…楠石、仕事は?」
「ひとりにできるわけねーだろ。買い物行ってたんだよ…氷と桃缶買ってきた」
……なんだと?
「お前、オレがなんつったか」
ほっとけって言っただろ。
思わず文句を言いかけたオレの口を指先で押さえて、楠石は言った。
「いいから素直に世話になれ、秀人」
その瞬間、汗に濡れてたパジャマのことも、息苦しさすらも吹っ飛んだ。
氷と桃缶がある。
楠石千里が、いる。
あ、ヤバい。ちょっと感動した。涙が出そう。
オレが慌てて顔を背けようとしたとき、楠石がぼそりと吐きだした。
「悪い。こんな手じゃなかったら、もっと早く気付いてやれたのにな」
何、言ってんだこいつ。
そんなこと気にしてたのかよ。
「…別に」
バカじゃねーの。お前のせいなわけ、ねーだろ。
「お前の手…つめたくて、気持ちいーし」
そう言うと、楠石が今日はじめての笑顔を見せた。
それから何を思ったか、オレのデコにチューをしやがったのだ!
「…にすんだ、バカ楠石!」
「まだ、熱あるな」
「どんな測りかただよ!」
オレの怒鳴り声にも奴は笑顔のまま。桃持ってきてやるよ、なんてぬかしながら、部屋を出ていく。
なんつーか…ほんと、バカだよ。お前も、オレも。
熱が上がった気がする頭を抱えて、オレはため息をついた。
《memo》
『妖怪のお医者さん』第50話を読んで書きました。
ちびツッキーへの愛情と、楠やんへの愛情とで、できました。
ところで楠やんのあの義手は、触覚が備わっているのでしょうか、いないのでしょうか?
もしご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてやってください。
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